ジャマイカで一世を風靡したロックステディーは短命に終わり、音楽ビジネスの繁栄という恩恵を残して、1968年頃にはオリジナルジャマイカンミュージックは「レゲエ」へとさらなる発展を遂げる。現代の一般的なレゲエの定義とはスカ、ロックステディー、アーリーレゲエ、ダブ、ルーツロック、ダンスホールなどのジャマイカン・ミュージックの総称である。レゲエという言葉の語源については、前編でも紹介した Studio One (スタジオ・ワン) の Toots & The Maytals (トゥーツ&ザ メイタルス) の「Do the Reggey」という曲が発祥であると一般的に言われているが、 「王の音楽を意味するスペイン語に由来する」 「レゲーレゲーレゲーとビートを刻んだ事に由来する」などいくつかの諸説がある。
1968年頃、ロックステディーの終わりと共に新しく生まれたレゲエは、それよりも少しアップテンポなビートに、リズムギターやキーボードの跳ねるようなリズムが絡んでくる踊れる曲だった。レゲエはジャマイカだけではなく、イギリスの労働階級層の若者にも愛され、スキンヘッドでブーツを履いたイギリスの若者が好んで聴いた事から、「スキンヘッドレゲエ」 「スキンズ」と呼ばれることがある。当時の白人がレゲエを好んで聞くというのは、少し想像するのが難しい気持ちは理解できるが、レゲエの市場において白人層は巨大な顧客層であり、当時頻繁にジャマイカのアーティストがイギリスやアメリカへ向けてツアーを行っていた事実や、70年代後半には THE CLASH (ザ・クラッシュ) や The Specials (スペシャルズ) を始めとするイギリスのパンクバンドが、多くのレゲエ曲をカウ゛ァーしている事から裏付けられる。有名なパンクバンドの曲のオリジナルが「R&B」や「レゲエ」であることが多いというのは有名な話である。