アートの歴史をたどる

第1章の終わりに、「ストリートに描かれる様々なアートは、時代の流れと共に現時点に存在する、"現在" を強く表したものである」 と述べた。そのアートの数々は、自身を自由に表現できるからこそ、街を形成する最もユニークな材料として、成り立っている。そこで、私達の深く長い歴史の中でも、アートが存在していたことから、いつ描くという行為が生まれたのか、過去にもその時代背景を映し出していたものがあったのではないかと、私は考えた。そしてアートの原点から現在に至るまで、人々はどのようにアートに触れてきたのだろう。グラフィティというカテゴリーに重点をおいて、過去と現在を比較しみた。

 

 

 

写真 : Unknown Artist @Redchurch Street E2

Wall Painting

紀元前、キャンバスのなかったその時代に、古代人は壁に描くという行為を始めた。それが、ウォール・ペインティングである。ウォール・ペインティングは、アートの歴史を刻みあげた重要な一要素として絶対不可欠であり、美術の原点といっても過言ではない。その当時、狩猟中心の生活を送っていた彼らにとって、生死を左右するほど重大であった壁画。それは美術的なものではなく、呪術的な役割を持ち、狩猟の成功を祈願するものだった。では、その壁画と現代のグラフィティを比べてみよう。時代が違うが故、手法や目的は異なるかも知れないが、それらは壁をキャンバス代わりに、自らの意思を表現するという共通点がある。長い時を超えた今でも、人間のクリエイティビティ (創造力) は何一つ変わっておらず、時の流れと共に促進したアビリティ (能力) によって進化したのが、グラフィティではないだろうか。

写真下 : Unknown Artist @Hoxton Street N1

キャンバスの登場

キャンバスが姿を現した中世、宗教戦争が絶えなかったルネサンス時代にさかのぼってみよう。この頃の美術とは、金持ちが自分達の地位を確立するための最大の材料であった。それは見えの張り合いである。お抱えの宗教画家たちに、煌びやかな貴族の生活を描かせるのだ。その当時、庶民の姿を描くのはタブーであったことから、貴族に気に入られ、自分の作品をカルチャーにしなくては、画家として成り立たないという悲しい現状があった。彼らは、メタファー (平和の象徴であるヴィーナス) を信仰し、たとえ自分が囲われた身であっても、アーティストとして自らの強い意志を持ち続けながら、宗教画しか描いてはならないというルールに、服従していたのである。金、名声、階級などが、全てのアーティストの可能性、創造力を抑圧していたに違いない。

ペインター Conor Harrington の声

グラフィティ出身のオイル・ペインター / コナー・ハリントンが崇拝する画家は、ルネサンス時代に活躍したミケランジェロ・ブオナローティ (イタリア人画家 1475-1564) である。西洋で最も巨大な絵画の一つとも言われるバチカンのシスティーナ礼拝堂の天井フレスコ画や『最後の審判』、パオリーナ礼拝堂にある『聖ペテロの磔刑』、『パウロの改宗』を描いたことでよく知られている。コナーはミケランジェロについてこう語る。「宗教画しか描いてはならないという限られた枠の中で、彼はアートの素晴らしさを教えてくれていた。そして彼の作品を見ることによって、人々は心に栄養を与えられていたと思うんだ。その躍動感溢れる作品の数々は、次のバロック時代の基礎になったと思う。僕は今、無制限に自分を出し、好きなものが描けるという時代に、幸せを感じる。」

作品左 : ミケランジェロ・ブオナローティ
作品右 : コナー・ハリントン

次世代

宗教というバリアが解除され、庶民の生活を描いたアートが、この世に生まれてきたのは “印象派" という時代に変わった頃である。印象派という名称は19世紀、当時の評論家が与えた美術上の用語であるが、1872年に描かれた、クロード・モネ (フランス人画家 1840-1920) の 『印象、日の出』 が、新聞記者ルイ・ルノワによって、「印象主義者のような作品」 と扱われたのが、事の始まりと言われている。その意味とは、印象だけが見る者に残り、油彩画の体裁をきちんと整えていない祖描という、非難の声だったのだ。バリアがなくなったとはいえ、今度は技法までもを制限する。ルネサンス時代を経て、印象派に入っても、画家たちの怒涛の日々は続いた。

 

 

作品 : クロード・モネ 『印象、日の出』

グラフィティ・アーティスト D*Face の声

グラフィティ・アーティスト / ディ・フェイスが好きだという画家は、睡蓮を描いた作品でよく知られているクロード・モネ。彼は “光の画家” の別称があり、時間や季節と共に移りゆく光と色彩の変化を表現し、終生印象主義の技法を追求し続けた、もっとも典型的な印象派の画家である。ディ・フェイスはモネについてこう語る。「当初、自身の技法を世に出すのは、苦難があったと思う。新しいものを受け入れる目を持っている人は少なかった。だから従来とは異なる、彼の抽象的な作品に、罵声や非難を浴びせる奴らがいたんだ。でも彼が残したものから生まれた ''今'' がある。オイル画、水彩画からポップ・アート、そしてグラフィティまで、原型を元に自らのセンスで彩った作品の数々が、現在主流になっているではないだろうか。」

 

作品 : ディ・フェイス

グラフィティへの多大なる期待

私達が目にしている現代のアートシーンとは、表現の自由から生まれた作品を、アーティスト個人の感性で完結するものではなく、それを受け取る側の感性と混合わせ、現代社会の中で高く評価されている。ならばここで私は、一つの意見を世間に伝えたい。他ジャンルの技法を使用し、作品を創り上げてゆくグラフィティ・アーティストたちを、ニュー・ジェネレーション (新世代) として捉えることができるのではないだろうか。そして彼らから、次の時代へ繋ぐ躍進力が得られるのではないかと思うのだ。

写真 : BANKSY @Rosebery Avenue EC1

 

Written by Toshimi Takaishi
All graffti photos by Toshimi Takaishi