映画救済運動ドグマ95

"映画におけるリアリズム" と聞いて何を思うだろうか。例えば、ハイクオリティーカメラを使った質感のリアルさ、CGがどれだけリアルか、スタジオセットや小道具がどれだけ本物に近く作られているかどうか...そういった面での競争はハリウッドを中心に、全世界で治まる事がない。先端技術の特殊効果や特殊撮影を駆使した映画製作が、メインストリームになりつつあった 1990 年代、デンマークで 『ドグマ95』 という映画運動がラース・フォン・トリアー、トマス・ヴィンターベア、クリスチャン・レヴリング、ソーレン・クラーク・ヤコブセンの4人によって設立された。ドグマは脱メインストリームを掲げ、新たな映画におけるリアリズムの追求と、 それに賛同する制作者を奨励し、独自の映画製作の概念を打ち出しているのである。今回はドグマに注目し、ヨーロッパの映画業界の新しい動きを紹介したい。


Lars von Trier

ラース・フォン・トリアーのプロフィールなしにはドグマの具体的な活動は語れない。1956年デンマークに生まれる。幼少の頃から映像制作に触れ、デンマーク・フィルム・スクールでその奇才ぶりを発揮、ミュンヘン・フィルム・フェスティバルにて受賞する。卒業後、『トリロジー (三部作)』 というテーマで、長編映画の製作を開始。男性を主人公に、ヨーロッパの未来におけるトラウマを描いた。そのタイトルは、「エレメント・オブ・クライム (1984)」「 伝染病 (1988)」「 ヨーロッパ (1991)」 である。そして女性を主人公に、その悲劇的な人物像の純真な心を描いた 『ゴールデン・ハート・トリロジー (黄金の心三部作)』 は、「奇跡の海 (1996)」 「イディオッツ (1998)」「ダンサー・イン・ザ・ダーク (2000)」 である 。この間にドグマ95を設立。ダンサー・イン・ザ・ダークでは 2000年カンヌ国際映画祭でパルム・ドール賞を受賞。

 

そして1930年代のアメリカ女性の経験を描いた『USA ランド・オポチュニティ (アメリカ三部作)』 「ドッグヴィル (2003)」「マンダレイ (2005)」 を発表、三部作最終作 「ワ シントン」は、2007年公開予定。この三部作では、極端にスタジオセットの装飾をカットし、床に白線を引き建物の一部のみを舞台風に建て込んだ演出が話題になった。これらの作品群のなかでドグマ95に認定されているのはイディオッツだけだが、ドグマの根底となるミニマリズムに則った映画製作と演出はすべての作品に見受けられる。また彼自身とても変わり者らしく、イディオッツの役者との初顔合わせの際、全裸で打ち合わせに現れたり(その役者達は映画の中で全裸になるシーンがあったのでわざとそうしたらしい)、過度の飛行機恐怖症からカンヌ国際映画祭にはわざわざデンマークから車で訪れたり...
写真 : 2000年カンヌ国際映画賞受賞式

ドグマのルール

ドグマは世界の映画業界の "救済" のために作られた。ハリウッド映画の制作費の増幅と、CG 等の先端技術に執着した競争によって映画そのもの質の低下に疑問投げかけ、そんな映画業界の悪循環をドグマを使って救済するという目論みがある。若い才能のあるフィルム・メーカー達が作った映画を一つの "ドグマブランド" として世界に排出しているのである。しかし、ドグマの認定を受けるには、映画製作時において10の 『Vow of Chastity (純潔の誓い)』 に従わなければならない。その内容は基本的に撮影時の制約でラース・フォン・トリアーの基本概念 "ミニマリズム" に通じる。ドグマ映画はそれらの制限により必要最低限の手段と道具で制作さるため、脚本、カメラワーク、演技などの本質的な質を問われると同時に、脚本がある "映画" なのにも関わらずその質感や雰囲気はドキュメンタリーを彷彿させるような独特のリアリズムをみせる。

 

純潔の誓い

1. すべてロケーション撮影によって行う。小道具やセットは、現場にあるものを利用する。
2. BGM などの挿入音楽やサウンドエフェクトは使ってはならない。
3. カメラは手持ちカメラでの撮影に限る。
4. カラー映画で制作。一切の照明器具の使用は禁止。
5. オプティカル処理とフィルター使用は認めない。
6. 物語の上で殺人や爆弾などの表面的な表現は含んではならない。
7. 時間的や地理的な乖離は許されない。(映画は常に現在の事象であり、回想シーンなどの使用は禁止)
8. ジャンルに従った映画は禁止。
9. フィルムはアカデミー35mmを使用。
10. 監督はクレジットに載せてはいけない。
ドグマ映画には必ず写真左の認定書が入っている。

ドグマ映画紹介

現在、ドグマ映画として認定されているのは全世界で117本。オフィシャルHPより世界中の誰でもドグマ映画への登録が可能で、公認された場合それぞれに番号が付けられていく。基本的にドグマ映画全てを映画館やDVDなどで鑑賞するのはとても難しい。特に日本ではドグマ自体の情報が少ない事に加えて、DVDのリリースがヨーロッパに比べ遅れたりまたはリリースされていなかったりするのである。流通や配給、またはそのドグマ特有の過激な描写などが制限される理由なのだろうか...イギリスではその数本がDVDとして発売され始めているので是非チェックしていただきたい。

Dogme # 1 : The Celebration

オリジナルタイトル : Festen
(デンマーク / 105 min / color / 1998)
1998年カンヌ国際映画祭審査員特別賞
ドグマ代表者の一人、トマス・ヴィンターベアによる記念すべきドグマ映画一作目。デンマークの鉄鋼王ヘルゲの還暦を祝うパーティーに集まる親族と彼の知人。その豪華なパーティーは、何事もなく進んで行く様に見えた...しかしヘルゲの長男クリスチャンがその祝いのスピーチに立つや否や、数ヶ月前に遺書もなく自殺した妹リンダ死の理由と、その家族の確執が暴露されて行く。ドグマとして先陣を切る作品だけに "純潔の誓い" に忠実に沿った撮影手法がうかがえる。そしてその特有のホームビデオの様な質感は、役者の演技やストーリーをさらにリアルなものにし、ドグマ映画を存分に味わえる内容になっている。

Dogme # 2 : The Idiots

オリジナルタイトル : Idioterne
(デンマーク / 117 min / color / 1998)
1998年カンヌ国際映画祭パルムドール賞ノミネート
ラース・フォン・トリアーがドグマとして作った初めての作品。主人公カレンは幼い我が子を失い失望していた時、レストランである奇妙な集団と出会う。彼らの目的は公衆の面前で知的障害者のふりをして人々の本音を探ると共に、彼ら自身のインナーイディオット "胸の中の隠れた白痴" を捜し出すというものだった。何も分からないまま連れて行かれてしまうカレンだったが、その集団に居場所を見つけ生活を共にする事になる。ストーリーの展開は、衝撃の連続で観客を最後まで釘付けにする。撮影はドキュメンタリーを彷彿させる手法で、俳優のアドリブの様な奇演ぶりを、さらに強調している。この映画は世界中の映画ファンにショックを与え、全く新しいジャンルを開拓した。

Dogme # 6: Julien Donkey-Boy

(USA / 94 min / color / 1999)
ガンモ、キッズの演出、脚本で知られる監督ハーモニー・コリンが、彼の作品ではお馴染みのクロエ・セヴィニー (ブラウン・バニー、キッズ)とユエン・ブレムナー (トレインスポッティング、アシッド・ハウス)などの個性派俳優を揃えドグマに挑戦した。アメリカからドグマへの出展では初となるこの作品は、ある家族のショッキングな日常を淡々と語り、情熱的な役者のアドリブ演技を怖いくらいリアルに表現する。ビデオカメラで収録され、最終的にフィルムに現像されたその独特の質感は、斬新なカメラワークと混ざりあって 「絵画的である」 と評価できる。いくつかの点でドグマの約束に従っていない部分も垣間見れるが全く新しい前衛的な映画としてドグマの代表的な作品であろう。

メインストリームとヨーロッパ映画業界の今後

世界の映画業界を興行収入の面から観察すると、圧倒的にハリウッドの映画が主流でエンターテイメント性に富んでいるのは紛れもない事実である。しかしその一方でそれらの映画は本来映像が持つ純粋なアートフォームとしては機能していない。ドグマはその様な状況に一石を投じ映像の原点に焦点を当てるとともに、前衛的な映画を発表し続ける。2007 年にはトリアー監督の三部作最終部、Wasington (ワシントン) もリリースされる予定となっており、これからの彼とヨーロッパ映画界の動きを直に実感できるのもロンドンでの映画の楽しみ方ではなかろうか。

Reference

http://www.dogme95.dk/
http://www.imdb.com/name/nm0001885/
写真 : ドグマ95 先駆者4人
左から
トマス・ヴィンターベア、ソーレン・クラーク・ヤコブセン, ラース・フォン・トリアー、クリスチャン・レヴリング


関連サイト
Festen : http://www.imdb.com/

Idioterne : http://videodetective.com/

 

Written By Tomohiro Ichikawa