LDNiCON

LODiCON (ロンドン・アイコン) は、ロンドン建築のすばらしさを祝うとともに、その気まぐれで時には柔和に都市を構成する建築物を紹介する企画です。そして、我々の考えるロンドン・シティの "建築アイコン" を紹介してゆくものでもあります。しかし今回は、日常生活において無くてはならない交通手段の一つ、『アンダーグラウンド』に目を傾けてみました。チューブと呼ばれるロンドンの地下鉄、これには偉大な事実が詰まっていたのです。

地下鉄の歴史

イギリスは世界の地下鉄発祥の地です。1863年、メトロポリタン鉄道のパディントン駅〜ファリンドン駅間、約6km から始まりました。当時のイギリスは鉄道の建設が盛んでしたが、ロンドン市内は建物が密集しており、地上に鉄道を建設できなかったため、当時の法務官であるチャールズ・ピアソンが、1834年に開通したテムズトンネルをヒントに考案したとされています。その後、イギリスでの開通から30年近くたった19世紀末〜20世紀初頭に、欧米各地で続々と建設されていきます。2番目の地下鉄は、1896年ハンガリーのブダペスト。これは当初から電化されており、地下鉄としては世界で最初の電化路線でした。更に1898年にはアメリカのボストン、そして1900年にはフランスのパリで開通。ドイツのベルリンでも、1880年頃には地下鉄を通す計画が存在したものの反対勢力によって計画が遅れ、開通は1902年となりました。

ロンドンの地下鉄の名称

アメリカの地下鉄は「Subway (サブウェイ)」ですが、イギリスでは「Underground (アンダーグラウンド)」と呼ばれます。またロンドンの地下鉄は『Tube (チューブ)』という愛称があり、こう呼ばれる理由は、丸いトンネルに合わせて車体がまる〜く作られているからです。身体の大きいイギリス人が車内の端に立つときには、身体をかがめているのをよく見ます。

チューブにまつわるデザインの話

ロンドンに訪れたことのある人なら、誰でも知っている ''赤丸と青横棒'' のチューブ・マーク。これは CI (コーポレート・アイデンティティ) の元祖と言われているほど、偉大なロゴ・デザインです。そして駅構内に置かれている ''チューブ・マップ'' には、様々なアイデアと工夫が施されています。これらのデザインは当時、ロンドン交通局の電子回路の技術者として働いていた Henry C. Beck (ヘンリー・ベック) 氏により、まさに電子回路を基にデザインされました。垂直、水平、斜め45℃の3種類の線による配置、路線ごとによる色分け、そして駅名を等間隔で表示することにより読み易く、憶えやすい効果を生み出しています。現在このデザインは、世界各国の路線マップに取り入れられています。

 

フォント・デザインにまつわる話

駅名を示すチューブ・マークやマップ、「Way Out (出口)」や「No Smoking (禁煙)」など、駅構内の看板全てのフォント (書体) が統一されているのはお気づきでしょうか ? 実はこの文字、『Johnston (ジョンストン)』、または『Johnston Sans (ジョンストン・サンズ)』と呼ばれる地下鉄制定書体に基づいており、1913年に Edward Johnston (エドワード・ジョンストン) 氏によって作られたものです。駅名の表示などを覚えやすく認識しやすいこと、そして環境に良く馴染むものという依頼を見事に具現化したこのフォントは、「Sans-serif (サン・セリフ)」という太めの文字です。サン・セリフとは、明朝体に比べて ''ひげ'' や ''はね'' がなく、更に特徴的なのは「o」は完全な正円、「i」と「j」の点はダイヤの形をしています。

 

このフォントの誕生は、それまでヨーロッパにあった格調高く美しいカリグラフィーの要素を抽出し、世界中に反響を及ぼしました。また Helvetica (ヘルベチカ) を始め、現代のフォントデザインに多大な影響を与えたのも否めません。しかし Johnston は元々、駅名表示などの大きなディスプレイ用に作られていたため、リーフレットや時刻表等の小さな活字サイズはありませんでした。それ故、小サイズ用には Johnston より、やや繊細なサン・セリフのフォント『Gill Sans (ギル・サンズ)』 が適用されました。このフォントは1928年、 ジョンストンの生徒だった Erick Gill (エリック・ギル) 氏がモノタイプ社のために制作したものです。

鉄道路線の統合

世界初の地下鉄が開通した1863年をきっかけに、鉄道会社が次々と開業し、路線が徐々に増えて来たのですが、会社が違うため乗り換えなどに支障がでてきました。そこで1900年、Charles Yerkes (チャールズ・ヤーキス) 氏というアメリカの資本家により全ての鉄道路線が統合され、1902年に Undergrand Electric Railways of London Company Ltd (アンダーグランド・エレクトロニック・レールウェイ・オブ・ロンドン・カンパニー) という一つの組織に合併されました。そしてコマーシャル・マネージャーに就任した Frank Pick (フランク・ピック) 氏により、複雑なってしまった連絡システムを ''整理する'' 改革が行われました。そして1913年、フランク・ピック氏は、エドワード・ジョンストン氏の Johnston を採用したのです。

 

チューブ・マップの誕生

1933年、London Passenger Transport Board (ロンドン・パッセンジャー・トランスポート・ボード)、つまりロンドン交通局が設立され、全ての旅客交通機関会社がこの傘下に入りました。そして遂に、現在のロンドン地下鉄マップの原型となる、ハリー・ベック氏デザインによるマップが誕生します。ハリー・ベック氏は当時、ロンドン交通局の電子回路の技術者の一人に過ぎませんでしたが、その後1947年、現在の London callege of communication (ロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーション) にて、タイポグラフィとカラーデザインの講師になったそうです。

ロンドン交通局、必死の改案

1970年代、イギリスは経済の浮き沈みが激しく、車両や駅舎の補修が手付かずになってきます。更にデザインに気を配る余裕もなくなり、できるだけ安くて目立つフォントなら何でも使用し始めました。しかし、なんとかしなくてはならないと必死の改案がなされ、ロンドン交通局で使用する全てのフォントを Johnston で統一しようと試みたのです。そして小サイズ用にも使用できるようフォントの改作 ''Re-design (リ・デザイン)'' を実行しました。

New Johnston 誕生

リ・デザインの結果、1979年、イギリス在住日本人グラフィック・デザイナー、河野英一氏により新しいフォントが生み出されました。ロンドンのグラフィック・デザイン会社『バンクス&マイルス』に才能を買われた河野氏は、印刷専門学校卒業後入社。フォントのデザイン・ソフトがない時代だったため、歴代の資料から調査を開始し、Gill Sans や Helvetica などの太さ数値の関係性を比較しながら、全て手書きで制作したそうです。そして現在、駅名表示・標識など、各種印刷物で使用されているフォントは全て『New Johnston』です。 今ではボールドやミディアム、ライト、イタリックを含め10種類活用できます。また河野氏は近年、Meiryo (メイリオ) という新しい日本語のフォントを制作し、Windows Vista に搭載されています。

 

ロンドンのシンボル的存在『チューブ・マーク』、地下鉄の利用に無くてはならない『チューブ・マップ』、そしてそれらを連結させる大事な役割が『New Johnston』。様々な分野から、最良デザイナーのアイデアを終結させた結果が、80年近く経った今でも変わらず、生き続けています。

 

Written by Toshimi Takaishi