LDNiCON

LODiCON (ロンドン・アイコン) は、ロンドン建築のすばらしさを祝うとともに、その気まぐれで時には柔和に都市を構成する建築物を紹介する企画である。しかしこれはロンドンの有名建築を特集するためのものではなく、むしろ普段あまり知られていない建築、またそれらが存在する空間に焦点を当てていくのが目的だ。これらの建物はこの広大な都市の1部として存在し、近年の代表的な建築とは違いロンドンという空間の演出に貢献して来た建物なのだ。我々ロンドンに住む者にとっては、こういった毎日の生活に密接に関係する建築の方がその歴史を知る分はるかに親しみを持てるのだ。これから毎月様々な建築を発見/経験して行くと共に、我々の考えるロンドン・シティーの "建築アイコン" を紹介して行きたい。

Battersea Power Station

名称:バタシー発電所

場所:Battersea, London

建設:1930 - 1941

建築家:Sir Giles Gilbert Scott

 

What's hot:建物の規模と存在感はロンドン建築の中でもトップクラス。

What's not:過去20年間建物は崩壊し、無人のまま放置状態になっている。

 

南ロンドンに38エーカー (1エーカー約4047u) もの敷地を持つ「バタシー発電所」は、今では荒廃して建物が空のまま放棄されている。1930年の完成以来、当時産業拡大を計っていたロンドンシティーへ電力を供給する重要な存在だった。また当時のヨーロッパにおいて、新しい発電技術の例となる画期的な発電所でもあった。

 

レンガ造りの四角い建物からは、4本の白塗り煙突が飛び出し、建物内側には大きな空洞がある。その堂々たる姿は、地元に住む人間の脳裏に深く焼き付いている。かつてはロンドンのモダン建築の代表と言われ、多くの産業を支えて来た発電所だが、今では表面は雨風にさらされ腐敗し、錆やレンガがボロボロと崩れ落ちる荒れ果てた姿に変わってしまった。現在バタシー発電所は "ロンドン建築の宝石"、"地平線の怪物"、"企業欲の象徴" などと呼ばれ、その存在を固持している。

1920年代、まだレンガ積みの段階から、この発電所は常に論議の的となって来た。そして荒廃した現在も尚、再開発を求める側とこの貴重な建築遺産を守ろうとする側との激しい討論が繰り返されている。

 

The Power Station

バタシー発電所は、「ロンドン・パワーカンパニー」と呼ばれる個人企業によって、1920年代中盤から建設が開始された。彼らは 400,000 キロワットもの電力を生むこの新しい発電所を建設する事で、これまで9カ所の発電所で賄っていた電力を1カ所で造り出せると考えていた。これに対しロンドン市民は、危険を伴い健康を害す可能性のある発電所をロンドンの中心に建設する事に大いに反対した。その後建設側は、排出物である硫黄を90%除去する事が可能な "ガスウォッシング・システム" を開発し建設を実行した。工事は困難を極めたが、発電所完成時にはロンドンの陸標として大々的に報道され、人々は完成を喜んだ。

バタシー発電所の輝かしい登場の裏には、設計士である「Sir Giles Gilbert Scott」の功績が大きい。彼は他にも多くの重要建築物を手掛けて来た。中でもロンドンの "赤い電話ボックス"、リバプールの "大聖堂"、現在はテート・モダン・ギャラリーとして知られる "テート発電所" などは有名である。

 

2つの建物からなる発電所は、最初半分が完成し 1933 年から発電が始まった。残り半分が完成したのは1941年で、この時建設された4本の巨大な煙突は人々に強い印象を与えた。当時は、第2次世界大戦中の開発という事もあり、資源や労働者の不足問題が目立ち運営も困難を極めたが、幸運な事に建設中は戦争の被害にも遭わずに、国民はロンドンの象徴とも言える発電所開発に大きな期待を持っていた。

現在のバタシー発電所

やがて電力需要は増加し、発電所の最大容量を大きく超えるものとなった。現場の修理やメンテナンスは行き届かず、費用も高くなる一方だった。その後発電所の経営は長くは続かずに、1980年代には運行を完全停止する事になった。

 

それ後バタシー発電所は数々の再開発が計画されたが、どのプロジェクトも実行されず無人のまま放置される事になる。やがてロンドンのテーマパーク建設が企画に上がるが、地元の人間の激しい抵抗を受け続けた。1993年、最終的には香港の開発業者「Park View International」によって買い取られ、テーマパーク開発は中止に終った。それから10年間、彼らは世界トップクラスの建築会社や開発業者 (Arup, Ron Arad, Sir Nicholas Grimshaw, UN Studio, REID) と様々な計画を立てた。中には4本の煙突の上にガラス張りのドームを増築するという案もあった。

10年間の計画の末「Real Estate Opportunities」という会社に発電所は買い取られ、計画は再び中止に終った。

 

現在は建築家 Rafael Vinoly 氏がこの発電所の再開発者に任命され、プロジェクトを進行していが、実行に移すのは簡単ではないだろう。

 

The Icon

バタシー発電所はこれまで多くのメディアに露出し、話題を呼んで来た。人々はこの建築に対し常に討論を繰り返したが、その姿は今も変わらずに "ロンドン・アイコン" として存在している。

 

Written by Tai Hollingsbee

Translated by Irie